通り魔的な事件って…/絶対巻き込まれたくないですよね

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なんだかまた通り魔的な事件が起こったみたいですが…

時々ありますよね。こんな事件。

なんでそんな凶行に至るんでしょうか??

突発的な衝動?

自分だけが世界のすべてを背負った不幸だとでも思っているんでしょうか?

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若いころや子供の頃

若い頃であれば、そんな凶行には及ぶことはなくても、

何かを理不尽に感じた時に

まるで世界の不幸をすべて背負っている」かのような感覚に陥ったり、

自分が世界で一番不幸」な気がしたりしたような気がします。

結構原因は些細なことであったりもしますが、

結構すぐにそんな気持ちにはなっていたような気がします。

若かったからでしょうか?

どうも「感情的」に物事を考えていたような気がします。

それが世にいう「反抗期」などというものなのかもしれませんね。

親だけでなく、社会に対する反抗期です。

大抵の人はある程度若いころや子供のころにそういったことを経験し、

そこから「どうしようもない現実」を学んでいくことになるのだと思います。

その過程で「発散方法」についても

自分に合った物」を見つけていくことになります。

人によってはそれがスポーツであったり、

ゲームなどをすることであったりもするかもしれません。

まぁ… そんな感じで、そうやって

本当の意味で「大人」になっていくもんなんだ!

と、今となっては自分も思っています。

とはいえ完全に「感情的にならなく」なってしまうと、

それはそれでロボット状態といいますか、

機械的な対応になってきてしまいますし、

いいところの立ち位置的なことって、

年齢や経験と共にわかってくるものだ… と思ってます。

子どもが「おもちゃをねだる」時

が、しかしです。

大人になっても感情のコントロールが難しい場合もあります。

ありますが、

それでも人に危害を加えたりするほどのレベルには達することがないのが一般的でしょう。

どこかで理性的な部分や常識的な部分が働き、

そこまで行く前にコントロールすることができるようになる… んですよね。

私は結構感情的な方だと思いますが、

それでも年齢を重ねて、子どもが生まれ、

育てていくうちにだんだんと落ち着いてきた… というか…

子どもが今度は成長と共に「反抗期」になってくることになりますよね。

そうなると、自分まで同じ土俵で感情的になっていたら、

いつもいつでも怒っていないといけなくなってしまいます。

それって疲れますよね。

それに加えて「経験」から、

子どもがこんな時どんなことを考えているであろう…

ってことが少しでも理解できるようになってきます。

なので「今あまり言っても仕方ないな」なんて、

諦めではないですが、折り合いがつくようになってくる…

きている… ような気もします。

子どもがおもちゃをねだって… 譲らない。

「買って!買って!」と駄々をこねて寝っ転がって騒ぐ… 。

駄々っ子ってそんな感じですが…

それをしても「絶対に買ってもらえないものは買ってもらえない」って、

親が「うるさいから…」と与えることをしなければ、

いつか理解していくことになるような気がします。

全てのパターンにおいてそうではないけれど

元々生まれ持っている性格などもあるかもしれません。

でも、性格の部分は結構周囲の環境によって

変わってくるのかもしれないと思います。

甘いだけでもダメですし、過剰な期待を寄せるのもいけません。

難しい限りです。

良かれと思っての注意であっても、

本人が過剰に感じてしまうと、

その時それは良いアドバイスではないということになってしまうんです。

私も若いころはそうでした。

でも今となっては…

うん。

結果として、大人になったとき、

あんなことがあった・こんなことがあった。

あの時はこんな風に注意されて、腹がったったな…

でも、大人になって考えると、自分にも悪いことがあったかも…

と客観的に考えることができる部分も… あるような気がします。

きっとそれが必要なんだと思います。

もしかしたら年齢はそれほど関係ないのかもしれません。

私の場合は、今の旦那と結婚してから

急速に周囲のことが見えてきたような気がします。

一概にキーパーソンは親や親族・学校の先生などではないのかもしれませんね。

自分が信じることができる… 

と自分自身で思うことのできる人であるかどうか… 

が肝心なのかもしれません。

感情的になり過ぎて衝動的に凶行に及んでしまう…

ということは、一呼吸おいて客観的に物事が見えなくなっている

周囲が見渡せなくなっているってことなんでしょう。

それゆえに自分の感情を周囲にも押し付けるがごとく、

人のことなど考えずに行動してしまうんです。

簡単なようで難しい。

社会人なら当たり前… と思われがちかもしれませんが、

決して当たり前ではない。

人として成熟していく過程にしっかりとあるかどうか…

って話にはなりますが、「あくまでも人として」なんですよね。

「人として社会の中で生きる」

人として社会の中で生きていくということは、

我慢の連続でもあります。

そもそも自分が世界の支配者などであるわけでもないので、

周囲の人が皆自分の言うことを聞いてくれるわけでもなく、

全てにおいて思いどうりに行くわけなんてないわけで。

どこかで諦めや折り合いをつけつつ、

それでも社会生活を送っていくことの利点も感じながら

生きていくことになるんですよね。

人である限り、人として生きるルールがあるわけで…

ルールに縛られることにはなるかもしれませんが、

ルールに守られる部分もあるんですよ。

当たり前で簡単なようで、非常に難しい。

そんな中でどうしようもない憤りを感じることもあります。

誰にでも大なり小なりあるんですよね。

どんなお金持ちだって、

どんなに幸せそうに見える人になって、誰にでも。

自分が世界中で一番不幸だ」もしくはその逆

自分はこんなにも恵まれているハズなのにどうしてこんな…

自分自身を追い詰めてしまう理由は色々あります。

でも一歩立ち止まって、周囲を見てみてください。

みんなそうなんです。

誰でも。

よくわからない話になりましたが…

今回はこの辺で。

ストレスの発散方法も、うまく見つけていくことが必要ですよね!

では また。

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