妄想と想像力が膨らまないような気がする今日この頃

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「大人」と呼ばれる年齢になり、

子供もいて…

なんでしょうね。

「現実」が見えてくると

「妄想と想像力」が抑え込まれていくような気がします。

この場合の「現実」は

常識」や「モラル」といた部分でしょうか。

人としては正しい。

でもその常識を守らなければという思いゆえに、

「恥ずかしいだろ!」と思われてしまう…

と感じるような行動が若かったころに比べて

出来なくなったと思います。

若気の至りであったと

当時を思えばそれはそれまでですし、

確かに過去の私は非常識にもほどがある部分もありました。

ですが、なんだろう?

それはそれで感じていた

「生きてる」って感覚が何だかないなぁー…

と漠然と感じた次第です。

あれもこれもやってみたい。

何でもできそうな気がする。

何なら空も飛べそうな気がする…。

世界が自分を中心にして回っているような…

そうしようとしていたような。

若かったからか。子供だったからか。

妄想と想像することがひたすらに楽しく。

常に別の世界を思い描き、

自分が常に主役だった頃を、

黒歴史として恥ずかしいと今では感じてしまう。

または人から「こんなだったよね」と

笑い話の種としてされた時には、

「お恥ずかしい限りで」と過去の自分を否定し、

尚且つ恥じていると言い聞かせなければ、

「恥ずかしい人間」だと思われてします。

今でもはたから見れば

結構自由に生きているかもしれない私ですが、

こんな私でも色々思い悩んで生きているので、

多分大多数の人はもっと様々なことで悩んでいることと思います。

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はてさてここはネットの世界

さて、でもここはネットの世界です。

私が30代で子供が2人いるよ~ みたいな。

自分でこれ以上のことを言わなければ

「私」の現物がどんなものなのかわからないって話ですよね。

曖昧なものですよね。

こうやって現実感が曖昧になっていくのか、

今起きて動いているハズの

「私」は本当にここにいるのか?

ネット上にいる「私」は

おそらく世界どこにもいないってっことになるんだと思います。

だって今文章を書いていても、「誰だよ」って思いますから。

でもそんなことわかりませんもんね。

特に学があるわけではないので、

聞きかじった程度の話を能書きをたれつつダラダラと書いている。

理屈っぽくて卑屈なのは性格なので、

現実でもこのまんまだとは思います。

でも言葉使いは…

多分ネットの方がまだマシというか、文字なんで。

現実よりも丁寧だと思います。

ネカマとかネナベ?だったかな?

自分の性別ではない方のふりをするって感じのだったかな?

それではないですよ。

一応30代の主婦。

子供いる。これは現実。現実ー…

時々周囲の人に言われるんですが、

あんたが子供なんて産むとは思わんかった。」みたいな。

自分でもそう思います。

いま、ここにいる

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↑の映画が古典落語『粗忽長屋』を元に作られていて、

現実の曖昧さというか…

今ここにいる私のような私は誰だ?

みたいな話だったかと思います。結構好きな映画です。

バカな話かもしれませんが、

今現在結構まぁ… 普通に平穏な毎日を送っているわけで。

この「現実」すべてが「自分が見た夢」なのではないか?

こんなに「普通」なんて「夢」か?と。

時折非常にややこしいことを考えてしまいます。

視覚的に生きていると、もうVRやらなんやら…

「こんなものもあるよ!」とリアルを体感できるものもあると思うと…

他にも人間自身の脳の力である

「想像力」「妄想力」などをフル動員させて

自分自身を視覚的にも騙せてしまっているならば…

今ここに「私」は「いる」んでしょうかね?

いる んでしょうね。

ただでもそのくらい

「ただの一般の」

「世間に何の影響力もあるはずもない」

人物である私は

「主役」ではなく「村人D」でもなく

通りすがりのモブだという事実。

今回はこの辺で

では また。

わけのわからない話ですみません。

ここまで読んでくださった方。ありがとうございます。

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