子供の学力って「母親」の学歴で決まってしまうの?/じゃあうちは… !?

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Yahoo!のニュースで信じられないような… でもどうなんだろう… ?という風なニュースを目にしましたので、気になって考えようと思いました。

「子供の学力は母親の学歴で決まってしまう?」といった風な記事だったのですが、もう記事の書き方的には、あたかもそうである!と決まっているかのような書き方。

そうなると、「父親」の存在って、子供に対してなんの意味があるのか?と逆に言いたくもなります。

なんだか偏ってないか?こんなことを「結構確定的に」言ってもいいんだろうか?

あくまでも私個人の意見ではありますが、その記事の内容に沿って感じてしまった部分を書いていきたいと思います。

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「親の収入や学歴が高いほど児童生徒の学力が高い」といった傾向が浮かび上がっている。って… 

まぁ、あくまでも「傾向」だとはされていますが、では一体全体どうしろというのでしょうか?

国を挙げて教育の格差をなくそうとしている「はず」ですよね?

高校の学費を無償化したり、親の収入に応じて申請次第では必要なものに対してのお金が戻ってくる制度などもある「はず」です。

公の場で「結局は親のせい」みたいな書き方・考え方をされるとすれば、すでにその立場の者は一体どうすればいいんですか?

「少子化」だ「子供を増やさないと」っていうばっかり。

高所得者で高学歴な方の家庭には、国が望むような高学歴で日本の国をしょって立ってくれるような大人に育つであろう子供が育つのであれば、

では、「高所得者」にたくさんのお子さんを養育してもらうようにすればよいのでは?

うちはどちらかというと「低所得者」の家庭であると思います。

それでもある程度、ある程度ですが、自分たちが生活していくことが十分であるような大人に育てようと日々思っておりますが、何かそれでは駄目なんですか??

確かにお金をかけられるのであれば、さまざまな経験を積ませていった方が、子供の「可能性」を模索することはできるかもしれません。

「高収入」である場合には、それは可能ではあります。

言いたいことはわかります。でも「納得できない」といった方が正しいかもしれません。

特に田舎の方では、大学なども近くにあることが少ない地域もあります。

実際に私が住んでいる地域には県庁所在地付近にしか大学はないので、県内であっても、奥の方などであれば通学するには遠すぎます。

交通の便も良いとはいえませんので、その近くに住む必要がありますので、お金もかかってくるでしょう。

そうなると、親がある程度「高収入」である必要がでてくるでしょう。

でもですよ?これは私個人の考え方ですが、「学歴だけを目的として」大学に行く必要はないと思うんです。

確かに大学に行くことによって、将来の選択肢は広がっていくことになるでしょうし、何かとプラスになることもあると思います。

しかしながら、人生は有限であるとはいえ、健康でさえあればそれほど時間が残っていないわけでもありません。

無理な期待をし、選択肢を広げたつもりで狭くしてしまった結果、現在の「ニート」と呼ばれている人達を生んでしまった時代背景もあるのではないかと。

「どこどこの大学を出たら、〇〇(大手など)に就職をして、何歳までに結婚して、孫を作ってもらって… 」という結構ヘビーな人生を、子供にあたかも当たり前のように押し付けるようになってしまった結果、

尾崎豊ではないですが「自由」のはけ口がなくなっていってしまったのではないか?とも感じてしまいます。

母親が高学歴だから… なんですか?母親が高学歴であったなら、その子供も高学歴でなければならない。といった風にも見て取れてしまいます。

逆に母親が低学歴であったなら… もうあたかも適切な教育が受けられないかのような記事の書き方に納得がいかないのでございます。

「学校」はいったい何をするところ?

「学歴や収入が高くない世帯でも… 」という記事の書き方に、もうなぜか悪意のようなものまで感じてしまう低学歴母の私ですが、

そのYahoo!の記事によると、そういった低学歴の母親がいたり、低収入な家庭であっても、「日常生活で本や新聞に親しむことや、規則正しい生活を促している家庭では好成績の傾向がある」といったことが明らかになっている。だろうです。

うん。それはわかります。規則正しい生活や、本や新聞は適度に読むことはいいことだと思います。

でも、そうなってくると、「学校」っていったい何なんですか?

「学校」(ここでは多分公立をさすんだと思います)に行くために、家でしっかりと「勉強する意欲」が沸くようにし、そして好奇心を持たせつつ、家庭での学習に工夫を加えて家庭環境を克服… ってことですか?

なんですかそれは。

そんな時代じゃないでしょう?

そんな「押し付け」をしているから不登校が問題になったりするのでは?不登校などになったら「社会の半端もの」ですか?「出来損ない」なんですか?違うでしょう?

うちは旦那様が頑張って仕事をしてくれております。

高収入家庭ではありません。私は高卒です。

もうこの地点でうちの2人の子供たちは、すでに「貧乏くじ」を引いたようなことになっているということですか?

テレビをみていると、大都会と田舎でも、そもそももう色々な部分が違います。

では都会に住んでいて、高収入の家庭で母親が高学歴な家の子供しか、「国が求める」未来を創ることが出来ないんですか?

学校って、協調性や集団生活を学んだり、年齢に見合っているであろう最低限の適切な学力を子供たちにつけていくための場所なんじゃないんですか?

「学校」に行く地点で子供がその環境で生活できて当たり前の能力を家庭ですべて賄うことを求めるのであれば、そもそも学校っていらなくないですか?

今の世の中、ネットなどを活用すれば家で授業を受けて一定の学力をつけることができるでしょう。対人関係がどうしても苦手な子もいます。引っ込み思案な子もいます。

色々な子供が義務教育の9年間を通して、ある程度の対人関係などを学ぶものなのだと思っていましたので、私の感覚は間違っていたのでしょう。

最近は上の子のことで考えさせられる部分もあり、「学校」って何をするところなのか?と個人的にかなり疑問に感じております。

こういう考えは「モンペ」になってしまうの?!

実生活でもいろいろと考えさせられる場面もあり、頭を悩ませているときに、今日のような記事を見てしまったので、「なんやねん!!」と少し(かなり)感じてしまいました。

全体的に社会の風潮がそもそも「子供をたくさん産んで育てていくこと」に向いていないんじゃないか?と思えて仕方がないです。

私は幸いにして少し自由人ですが健康な長男としっかりものの長女の2人の健康な子供がおります。

長男は少し鼻炎気味ですが、2人とも目立つ持病もなく健康でございます。

こんなに健康な子供が産めるのであれば、もう1人産みたいと思うこともありますが、社会的にこんな風潮であれば、なんだかもうそれだけでつらくなってしまうことが目に見えていて前に踏み出そうと思えません。

本当に「少子化」に焦点をあてて、母親の学歴がー 親の収入がー とすべてを家庭の責任にするのではなく、

社会全体で受け入れて未来へつなげていく体制を作っていってもらえないことには、世のお母さんにとってはツライ現状なのではないでしょうかね。

自分もある程度健康で、子供も健康である。まだまだ妊娠・出産可能であるにも関わらず、低収入の子供はどーだ あーだ・母親が低学歴だからどーだ なんだ、など言われたら、本当、嫌ですよ。

家庭の力ももちろん必要です。丸投げするつもりもありませんが、でもなんだか腑に落ちません。

単純に「子供を増やせ!」ではなく

「ただ増やすのではなく完璧により近付けた子供にしろ!」と言われてる気がして仕方ありません。で、学力云々の話になったら

「母親のせい」みたいな。

なんなんですか?それ。じゃあ当てはまる人はもう産むなとでも?

…という私の意見です。私は低学歴の、この記事からすると「あかん」方の母親です。

全く因果関係はないことはない… だろうとはわかります。

しかしながら、「低収入」はこうだから家庭環境を改善しないと…や、「母親が低学歴」な家庭の子供が学力が低い傾向… などというデータをとるなとは言いません。

研究としては興味深いとは思いますが、その一部を切り取って強調された記事を「低学歴」の私は納得できません。

皆様はこのニュースをどう思われますか?

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