時は金なり/Time is money/でも本当はどっちが大切?

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いかがお過ごしでしょうか?

忙しい方にとってみれば、休日は貴重な時間となることでしょう。

Time is money(時は金なり)」という言葉もありますが、そのままの意味で考えると、「時間はお金と同じくらい大切」とも考えられそうですが、現実にはどうでしょう?

今回はその語源や意味などと共に、「本当に大切なものはなにか?」を考えていこうと思います。

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「Time is money」の意味

英語では「Time is money」、日本語だと「時は金なり」ということわざです。

時間はお金と同じようにとても貴重なものであり、無駄に浪費するようなことはせず、できぐだけ有意義に使おう!といった感じだそうです。

語源は英語の方の「Time is money」であり、この考え方が日本にきた際に日本語として翻訳され、現在に至っているとのこと。

Time is money」という言葉を言ったとされている人物は、100ドル札の紙幣としても肖像画でえがかれている、「ベンジャミン・フランクリン」という人物だそうです。

この人物は政治家のみならず、作家でもあり物理学者でもあったといういろいろな方面で才能を発揮していた人物とのこと。

「アメリカ合衆国建国の父」と呼ばれている方々の中の1人でもあるそうです。

なんだかすごい人ですね。いかにも時間を有意義に使っていそう… というか、時間がいくらあっても足りなさそうなくらい、いろいろなことをしていた人であると思われます。

だからこそ「Time is money」という言葉も出てきたのかもしれませんね。

単純に「時間」を「お金」に置き換えて考えるべからず

「Time is money」という言葉は、「機会費用」というものの重要性を理解するための言葉という考え方もあるようです。

機会費用」とは、自分自身の選択によっては手に入ったはずの利益などを差すとのこと。

例えれば、親の手伝いをすれば100円もらえたはずだが、面倒だったので手伝いをせずに遊びに行った結果、もらうことができなかった。

という場合に、ただ単に「手伝いをしなかったからその100円が手に入らなかった」のではなく、「手伝いをするはずであった時間を遊ぶために100円で買った」という風に考えるというものです。

簡単なようで難しい話ですが、「遊びの時間」を100円を出して買ったのと同じくらい、その時手伝いをしなかったのは「損」だよ。

だからだらだらと何もしない時間を過ごしていると、その分無駄にお金を浪費しているに等しいよ。という感じでしょうかね。

こういった「機会費用」という考え方は、意識して考えていないとなかなか気が付かない部分でもあり、

逆にこの部分を常に意識して生きている人であればあるほど、時間をより有意義に使い、収入もしっかりと得ることができている傾向にあるようです。(※絶対!確実に。とは言えない部分かもしれませんが)

金銭面などで必ずしも裕福であるとは限らないかもしれませんが、「機会費用」についての意識をしっかりともって生きていくことができている人は、「人生の幸福度や充実度」などの目には見えない精神的な部分などでも満たされる傾向にあるようです。

私はときどき「ぼ~っとしたいな~」「何もしたくないな~」とダラダラ(いつも?!)過ごしていますが、

それはただ単にダラダラしているのではなく「ぼ~っとしたりだらだらしている時間をそこそこの値段で買っている」ってことになりますよね。

そう考えると… なんか損してる気分になりますね。

でも結局本当に大事なのはどっち?

上に書いたように「Time is money」という考え方もありますが、実際問題どっちの方が大切だと思います?

私個人の考えですが、「時間」の方が絶対に大事だと思うんですよ。単純な話。そもそも時間がないと「お金」も稼ぐことはできないし、何よりも何億円・何兆円例えば積んだとしても、「時間」ってたったの「1秒」も戻らないんですよね。

「今思えば、子供の頃からもっと勉強を頑張っておけばよかった。戻れるものなら戻ってやり直したい。」とどれだけ思ったとしても、それは絶対にかなわない話です。

だから親になるとついつい子供に言っちゃうんですよね「ゲームばかり(遊んでばかり)していないで勉強は?勉強!」みたいな。ね。

私自身が今の自分の上の子くらいの年であった時、習い事のお迎えに来てくれていた父親が、階段のところで何をするでもなくたむろしていた学生たちをみて

「お前はあんな風に無駄に時間を過ごすようなことはするな」と言っていたことを思い出します。

でも結局結構無駄に使っちゃったっぽいです。

なんでしょうね。結局「計画的に生きることができるか?」に尽きるんでしょうかね。

まずは「Time is money」といえるレベルにまで自分が達していないと、というか自分自身の「価値」のようなものをしっかりと大人というか、社会人になるまでに「確立」することができていないと、そもそも「Time is money」が成り立たないような…。

大人になると、年齢が上がってくると、いろいろなことを考えますが、例えば自分と同じ年齢、容姿も似たような人物であるにも関わらず、その人物が1時間に何千万も稼ぐことができる人物であるとすれば… なるほど。

その人物が休息を1時間とった場合には「その何千万」を支払って休息をとっている。となるとそれはかなりの駆け引きですよね。でっかい損ですやん?

でもですよ?私のように何時間か寝ていたとしても元より特に稼ぐ当てがない… というより特に出来ることがない となった場合。どうすればいいんでしょうかね?

「自分の時間」に対して「対価がお金」にならない場合

「自分の時間」に対して「対価がゲームをすること」だったら?確かにお金は稼げていないけど、無駄にはなっていない。

好きなことであれば精神面では充実していることになるでしょう。ただ問題なのは「それでは駄目だ」ということなんですよ。

考えれば考えるほどに人間とは難しいものですが、多分バリバリ仕事ができる感じの、

「社会から必要とされている」であろう人物は「Time is money」を心に刻んで生きていくと、より良いのかもしれません。

でも「ダラダラした時間」も子供と過ごすのであれば一概に無駄であるとも思えないし、いちいちそれに対して「今この子と遊んでた時間っていくら分になってしまうだろう?」的なことを考えても仕方ないとも思うんですよ。

お金で考えると余計ややこしくなる気がしてきました。

農業であれば、努力して積み重ね、かけた時間がその分よい結果につながる… 。その方が分かりやすいかも。

ながーい目で見て考えてみると、

「子供の頃から何か目標を絞って時間を無駄にすることなく、目標にむかってひたむきに努力することによって、大人になったときに自分の人生をより有意義なものとして生きることができるようになる」

「それほど努力もすることもなく、ただ何となく目標も持たずに子供時代などを過ごしてしまった結果、手に入ったはずの大人になったときのより有意義な自分の人生をすててしまう」

うん。その通り。

でも人生って何があってもあきらめないという決意があれば、スタートはどこからでもすることができる部分もあります。生きていれば。

あきらめも肝心。でもあきらめないことも大切。人生は平均寿命で考えてみると大体30000日程度しかありません。

そう考えるとなんだか1日1日がもったいなく感じてきませんか?

考え始めるといろいろ考えてしまうので、多少脱線気味ですみません。

では、今回はこの辺で。

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