時代によって移り変わるモテる顔・モテない顔

スポンサーリンク

時代の流れとともに流行も移り変わっていきます。昔に比べると一般的な服装はかなり変化しましたし、持ち物などもかなり変わりました。家のつくりや内装も変わりましたし、変わったことだらけです。

そんな世の中の流れですが、国によっても違いがありますが、その時代時代によって人の「顔」にも変化があります。今回はそんな人の顔についてや、その時代によってのモテる顔・モテない顔について考えていきたいと思います。

スポンサーリンク

「今の人」のモテる顔

まず最初に現在の人のモテる顔とは、いったいどのような顔になるのでしょうか。芸能人などで見てみると、男女どちらもシュっとした顔というか、少し外国系のホリの深い顔からシュっとはしていても比較的和風な顔までさまざまな顔があります。

しかしながらどの顔にもいえるであろうことは、やはり「きれいなつくりの顔」であるといった部分でしょう。女性はほぼ当たり前のようにある程度年齢になればのメイクをするようになります。それゆえにやはり女性の方が年齢はわかりにくくなったりします。

男性であっても、芸能人ともなればある程度のメイクはしていると思われますが、最近では男性用のコスメなども販売されていることから、一般人の男性もそういったことに関心の高い人や、容姿などに対して気になる部分がある場合には、メイクをしている人もいると思われます。

私は田舎に住んでいるので、「目立ってあか抜けている」と感じる人はそうそう見かけないように思いますが、それでも私が子供であった頃に比べると、田舎であっても「田舎のtheおばちゃん」という風な人は減っているような気はします

単純に「きれいな顔」はいろいろな方法でお金さえかければ、手に入れることもできる世の中です。それゆえに現在は単純に「」だけではなく「個性」を優先して考えている部分も多いと思われます。

なんでこんな人が?と一見思ってしまうような、見た目だけであればお世辞にもきれいであるとは言えないような芸人などであっても、かなりの美人と結婚したりもしますし、その後浮気までしてしまうことも…あるようです。ということはモテるんですよね。

勿論経済力やその他の要因も関係しているとは思いますが、今の時代「モテる顔」というものは、実際にはわからないといった方が良いかもしれません。それでもやっぱり大多数の人は洋風・和風の顔問わず、シュっとした顔を好むような傾向にあるとは感じられます。あとは清潔感を感じることができるか、髪型とのバランスなどといった感じでしょうか?

「昔の人」のモテる顔

では昔にさかのぼってみると、どういった顔の人がモテたのでしょう。代表的なところでいってみると、平安時代にはしもぶくれの顔の人が好まれたと聞きます。顔が大きくなおかつ顔のパーツの一つ一つはそれほど大きくはなく、色は白い顔の人です。まだまだ電気などがなかった時代。もちろん現在のようにしっかりと夜に人の顔をみることは、特に遠目からでは難しかったことでしょう。

男性は夜に女性の部屋(家)に尋ねていったようですが、そんなとき月明かりに浮かんだ顔がよりはっきりと見えた方が、インパクトがあったのだと思われます。単純に「モテる顔」として考えた場合、大きく白く、よく光りを反射できる顔が一番良かったのではないでしょうか。

それも貴族などある程度高い位の人の話であるため、一般的にはどうであったのかはわかりません。病気などもまだまだなかなか治すことが難しかったその時代には、男女ともに体の強い人、体力のある人がモテたかもしれませんね。

そうなるとあまり顔は関係なかったかもしれません。貴族などの場合についても、見た目もさることながら優先されたのは「詩が上手いか」などの教養の部分であったとの話もききます

今も昔も大切な部分は「顔」じゃない

こうして考えてみると、各時代によって確かに好まれる「」の定義というものは違います。流行りの顔ともいえるものです。しかしながら本当に大切な部分は今も昔もそれほどかわらず、人の中身」や「その人の持っているもの」なのではないでしょうか

昔から経済力のある家の生まれの人や、財産を築き上げた人については顔関係なしにモテたでしょう。顔が気にならないほどに素晴らしい教養を持っている人も、今も昔も変わらず男女問わず好まれます。その時代に沿っている「カッコいい顔」「可愛らしい顔」に生まれた場合には、幸運にも初対面の人とであった際の第一印象は限りなくよくなるようには感じられます。

しかし長く付き合っていくとなると話は別です。「見た目」がどれだけ良かったとしても、「」がどれだけきれいであったとしても、「残念な人」になってしまうか否かについては人それぞれであるということになってしまいます。

ある意味でそれは「すべての人がその時代のモテる顔になれる」可能性を秘めていることにもなるのです。

「顔」は「性格」でますよね

私事ではございますが、私は学生時代によく「お前、平安時代ならモテただろうに…」と言われました。学生時代にはそれがなかなかにショックであった時期もありましたが、大人になってしまった今では全く気にもしておりません。「」ばかりを気にしても何もはじまりませんし、何よりも有難いことに現在は「見た目」を改善する技術が進歩したため、ある意味では「人の本質を見る時代」に変化している部分も感じられるからです。

もちろん「モテる顔」「美しい顔」に生まれた場合、それはそれで才能ともいえる有難いものです。

幸運にもそういった顔で生まれた方は、さらに自分を磨き教養をつけて自分を高めることによって、より素晴らしい人になれる可能性があります。
不細工の定義は人それぞれなので判断は難しいですが、一見美人であるとは言えない人であっても、会話などをしていく中で素晴らしいと感じる人はたくさんいます。

逆に見た目にとても「モテそうな顔」であったり、きれいな顔であったとしても性格がとても悪かったり、会話をしていく中で教養があまりにもなかった場合にはどう感じるでしょうか?いじわるな人の場合には、せっかくきれいな顔であっても、ゆがんで不細工に見えてしまうかもしれません。

一見してきれいでもなく美人などでもない顔の人が、性格なども悪かった場合にはどうでしょう?よりいっそう自分で自身の印象を悪くしてしまいかねません。

あくまでも「」は一つの要素にすぎません。ところ変われば…で他の動物であればまたその価値観は違ってくることにもなります。

「モテる顔」を目指すのではなく「モテる」ことを目指すのであれば、「自分磨き」から!スタートですね。

↑↓ランキング参加しています!ぜひお願いします!

スポンサーリンク